白川郷〜荘川桜 | ||
2010年11月27日 山と橋を渡る Masao's Photo Gallery |
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秋もすっかり深まりました。 飛騨白川郷に行ってきました。 萩町城跡(展望台)からの眺めです。 遠くに見えるは白山です。 うっすらと雪をかぶっています。 さて |
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駐車場に到着 |
吊床板橋を渡ると白川郷です |
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ちょっと河原に降りてみると・・・・ この吊床板橋は「出会い橋」というそうです。 上流にも可愛い吊橋がありました。 多分水管橋・・・ 庄川の流れ 橋を渡ると お土産屋さん食べ物屋さん 人 人人人 で 賑やかです。 世界遺産ですからね〜 明善寺 山門の上部に鐘つき堂があって 茅葺のお堂です。 米やひえ等を精米する唐臼場だそうです。 |
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普通の民家も沢山あって みなが 合掌造りではないのですね〜 洗濯物が干してあったり 車が停まっていたり 生活感があります。 |
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喫茶店らしい? |
雪囲いの準備中 |
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どっしりとしていい感じです ザ・合掌造りです 最大級の長瀬家という民家があったので お邪魔しました。 |
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囲炉裏があって |
仏間があって |
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階段があって |
わらじがあって |
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元養蚕の部屋だそうです 農具が沢山ありました 結構奥深く広いんです。 床が透けているのです。 |
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山仕事・木工・鍛冶道具 |
ちょんな もありました |
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下の部屋が見えます |
最上階の天井です |
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長瀬家のパンフレットより かつては「たのもし講」とか「株仲間」とか 庶民のお助け組織がたくさんあったのですね 近年、震災後でしょうか ボランテイアという行動が生まれて とてもいいことだと思っていたのですが NPOの法人化の法律ができて 非営利団体がたくさん現れて NPOも なんだか怪しげになってきましたけど それでは 長瀬家をあとにして 柿の実がたくさん 重要文化財の和田さんのおうちです。 再び 出会い橋を渡って 帰路に 吊床板はシンプルで綺麗ですね。 山と河原の長閑な景色に 溶け込んでいます。 それでは 白川郷をあとにして御母衣ダムに 荘川桜を探しに行きます! |
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御母衣ダム |
ダムの展示館 |
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御母衣ダムは戦後の復旧事業の一つとして 創立された旧電源開発(現J-Power)による 高さ131m 総貯水容量は日本で2番目の 最大級の石を積み重ねたロックフィルダムです。 展示館のビデオで建設の経過が説明されていました。 当時ダム建設に対して 水没する荘川村の人たちが 「御母衣ダム絶対反対期成同盟死守会」を結成し 強い反対運動起こったが 関係者のねばり強い説得があって建設にこぎつけた。 荘川村の二つの寺には エドヒガン桜の老大木があり ダムの建設により桜は水底に沈むことになり 電源開発の初代総裁であった高碕達之助さんが この桜を救いたいと思い 桜研究家として知られた笹部新太郎さんに協力を依頼し 庭正造園の丹羽政光の助力をえて いまだかつて例のない巨桜の大移植が実現した。 と 家の近くの阪急岡本駅に 水上勉の小説「桜守」のモデルとなった笹部新太郎氏の邸宅跡 桜守公園があって 毎年エドヒガン桜が見事に咲いています。 そんな関わりもあって いつか荘川桜を見たいと思っていたのですが・・・・ やっと 実現しました。 桜の花は咲いていないのですけど・・・ 御母衣湖 湖底には230戸が沈んでいるそうです。 ダム下流の白川郷との運命の落差を感じます。 建設時に使われたインクライン(荷揚げ線路)でしょうかね〜 湖畔に荘川桜がありました。 樹齢400年〜500年とか・・・ 光輪寺の桜 照蓮寺の桜 荘川桜 いつか花の咲く頃に また 訪れてみたいと思います。 |
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