観劇記   そして
山と橋を渡る  
                             Masao's Photo Gallery 2013/5/30

長い墓標の列」 作:福田善之 演出:宮田慶子 主催:新国立劇場


            
これは、私の観劇記ではありません、作家の赤川次郎さんが、三毛猫ホームズの遠眼鏡11の中で書かれていた「二十代の墓標」から抜粋したものです。


「二十代の墓標」  赤川次郎
 劇作家、福田善之の名前は知っていたが、その舞台を見るのは初めてだった。
「長い墓標の列」というタイトルからして「重たくて疲れそうな芝居」だな、と心配だった。しかも、休憩をいれると三時間十分という長さにも少し怖気づいていた。
 新国立劇場小劇場での、その三時間十分。―私は身じろぎもできず、その圧倒的な力を持ったセリフの洪水に身を任せていた。
 こんな芝居があったのだ! いささかも照れることなく、「大学の自治」「思想言論の自由」「理想と現実」を、燃え立つような言葉にしてぶつけ合う「演劇」が。笑いを取ったり、斜に構えて見せたりして、登場人物を冷ややかに眺めるような「余裕」はかけらもない。
 戦前、権力による思想弾圧に揺れる大学で、頑として自らの信念を貫いて大学を追われ、あらゆる発言の場を封じられる中で死んでゆく教授山名。――東京帝大の河合栄次郎をモデルに書かれたこの劇は、多分にエンタテイメント化した今の演劇には全く失われた、息づまるような生真面目さ、真正面からテーマに向き合う緊張感に貫かれている。
 この劇を見ながら、私は「これは作者の若いころの作品に違いない」と思っていた。帰途、プログラムを開けて、「長い墓標の列」が福田善之二十七歳の作と知って納得した。
 もっとも、初演では五時間半もかかったというから、二十代の作者には書きたいものが溢れていたのだろう。
 およそ大学教授というイメージではないと思えた村田雄浩が、学問一筋の山名教授を驚くばかりに熱演。そして、恩師を裏切って研究の自由の失われた大学へ教授として戻る城崎役の古河耕史は、山名を「幻想に酔っているだけ」だと批判し、見る者を圧倒する説得力で演じている。
 山名の妻、久子の那須佐代子、娘、弘子の熊坂理恵子は少ないセリフながらしっかりとした存在感を見せ、特に娘が、戦死した恋人の日記を受け取ることを拒んで押し返す場面は胸を打つ。日本の劇にありがちな「人情劇」的なところを一切排しているのは、やはり若さゆえの潔さだろうか。
 
 しかし、何よりこの劇は、書かれてから五十年以上たった今、正に現実の問題を突きつけてくる。
 東京、大阪に限らない、教育への政治の相次ぐ介入。今、それに抵抗する大学人がどれくらいいるだろうか。
 福島第一原発の事故は、企業と深く結びついた大学研究者の良心のあり方を問いかけている。ことに、工学系の学部にあっては、大学が企業の研究の下請け機関と化しているのを「産学共同」と呼んで、当然のあるべき姿と考えられている。
原発の危険性を訴えるような学者は大学にはいられない。その結果。あれほどの事故を起し、まだこれからどんな事態が起るか分からないというのに――ネズミ一匹で停電してしまうくらいだ――早くも「脱原発」は忘れられようとしている。
今や大学そのものが巨大な「墓標」と化しているのか。いや、福島第一原発のあの無残な有様こそが「墓標」でなくて何だろう。

中略

「長い墓標の列」は、観劇を超えた一つの体験だった。思想の自由、学問の自由とは何か。現実との妥協は、現実との妥協は、理想を守る手段なのか・・・・・。
持って回った抽象化も、ファンタジーも必要ない。問題を問題として捉え、言葉にしてはっきりと主張する。
それは少しも恥ずかしいことではないのだ。この劇の一つ一つのセリフは、真直ぐに見る者の胸に突き刺さってくる。
こんな地味な劇で、TVの人気スターが出ているわけでもないのに、客席は一杯だった。そして見終ったとき、誰もが「いいものを見た」という充実感を持って、言葉少なに劇場を後にした。
大学紛争の世代の私にとって、なおのことこの劇の描く時代は身近だった。と言えるかもしれない。作者はすでに八十代ということだが、時代を超えて「今」を感じさせる傑作が二十代の若さで生まれたことは驚きだ。
教育、学問に係る人、すべてに見て欲しい舞台である。
                        (あかがわじろう・作家)

☆Masao'sホーム