『五十四の瞳』 
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観劇記 あまご 
2020年11月18日 
八尾プリズムホール 
作/鄭 義信 演出/松本祐子
文学座公演
山本道子、頼経明子、松岡依都美、たかお鷹、神野 崇、越塚 学、杉宮匡紀、川合耀祐

あらすじ(文学座HPより)
時は1947年、ところは瀬戸内海に浮かぶ小島。採石業が唯一の産業である貧しいこの島には学校がたったひとつしかない。そしてそこは朝鮮人学校だった。先生は新しく赴任した女性教師、朴春子(パク・チュンジャ)だけ。そこでは二十七人の生徒が日本人・朝鮮人関係なく学んでいた。しかし占領軍(GHQ)が朝鮮人学校の閉鎖と生徒の日本人学校への編入を決定する。



1948年に成立したばかりの朝鮮民族の分断国家である
大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国間との間で
朝鮮半島の主権を巡る国際紛争が勃発した
3年間に及ぶ戦争は朝鮮半島全土を戦場と化して荒廃
1953年に国連軍と中朝連合軍は
朝鮮戦争休戦協定に署名し休戦に至った
この芝居は
この時代に日本(家島諸島)で暮らす
朝鮮の人々を描いた芝居です

当時
彼らがどのような生活をしていたのか
よくわかりませんでしたが
彼らの暮らしぶりや想いの一端を初めて知ることができました
戦争が終結した1960年代の前後
登場する生徒や柳仁哲先生(神野崇)も北朝鮮に帰ります
思えば
私が小学生だったころ
突然学友が北朝鮮に帰ったことを知りました
私の小さな町では大勢の日本人に交じって
彼らも一緒に学んでいたのです
まだ子供でしたから
詳しいことはよくわかりませんでしたけど
あまり差別が少ない田舎だったように思います
都会は
現実には日本全体では
かなり排他的な世界だったようです
北に帰ってしまった学友は
今どうしているのか
柳仁哲先生のような人はどうしているのか
ふと想います
当時北朝鮮には未来があり
韓国は独裁政権でしたから希望がないと
80年代初頭までは思っていました
1980年に金大中氏の逮捕が契機に起きた光州事件
その後
韓国での民主化運動が拡がり
軍事政権が民衆の手によって倒されました
戦後日本は残念ながらそうではありませんでした
しかし
韓国の民衆を支えた多くの日本人がいたことも事実です
私もその仲間でありたいと思っていました
金 芝河(キム・ジハ)の詩を読み
芝居も観ました
今も若い人たちには韓国が人気だそうです
嬉しいことです
今度は北の軍事政権が崩壊し
民族の統一が実現し
我々の友人として仲良くやっ行ける日がくることを期待します

鄭 義信の熱い想いを感じることができた
いい芝居でした

 

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