『第三帝国の恐怖と貧困』

観劇記 あまご 

          作 :ベルトルト・ブレヒト   
          訳 :千田是也 
           演出:松下重人
          
         
 
こんな時代だから見たかったブレヒトの「第三帝国の恐怖と貧困」

ほんとうに、ぼくたちの生きる時代は暗い!
  無邪気な言葉は間がぬける。
  つややかなひたいは感受性欠乏のしるし
  わらう者はおそろしい知らせを
  まだ受け取らない者だけだ。


 白い衣装に包まれた大勢の人々が歌を口ずさみながら3方向の客席の通路から登場し舞台は始まりました。原作は24場のオムニバス形式の芝居ですが、今回はその中から14場、休憩15分を挟んでの3時間の大作です。全編となると5時間にもなりそうです。

1場:「国民共同体」1933年1月30日ナチス政権獲得の日酔っぱらった親衛隊員が貧民街に紛れ込む

2場:「裏切り」小市民の住居 隣人が外国語放送を聞いていたと密告した夫婦

3場:「白墨の十字」若き突撃隊員が恋人に反体制分子を検挙するトリックの披露

4場:「泥沼の兵士たち」強制収容所に入れられた左翼や神学者たちがお互いの悪口を言い合う

5場:「法の発見」1934年警察官にも判事にも家族が居りまして・・・という訳でこの判決の行方は・・・

6場:「物理学者」1935年二人の学者にパリからの手紙、アインシュタインの名前が出て沈黙

7場:「ユダヤ生まれの妻」夫を案じ妻は出国を決意

8場:「スパイ」教師の夫と妻と息子、夫婦の会話の途中に息子は居なくなっていた。

9場:「黒い靴」貧しき家族の娘もヒットラー・ユーゲントに

10場「箱」突撃隊に引っ張られた労働者がブリキの箱に入って帰ってくる

11場「釈放者」1936年強制収容所に連行されていた同志が半年ぶりに帰ってきた

12場「いましめ」ヒットラー・ユーゲント『勝利のために命をささげよ!』自戒訓の暗唱

13場「職業あっせん」夫は飛行機工場でやっと職を得たが妻の弟が戦闘機事故で亡くなる知らせ

14場「国民投票」1938年ラジオからヒットラーのウィーン入場の歓声が聞こえる中、国民投票に向けてのビラ1枚つくれないと嘆く労働者たち。

女:ある手紙の写しを読む
  『愛する息子よ!明日は、おれはもういない。処刑はたいてい朝の六時だ。またこれを書くのは、俺の考えがかわっていないことを、お前に知って欲しいからだ、おれは罪を犯した覚えはない。だから恩赦の請願書は出さなかった。俺はただ俺の階級に奉仕した。・・・お前はまだ非常に若い、しかしそんな事はちっとも構わない、ただお前がどっちの側に属するかを、よく知ってさえいれば。しっかりお前の階級につかまっていろ。そうすれば、お前の父がこの苦しい運命を苦しみぬいたことも、むだではなくなるだろう。…

若い労働者 『国民投票のビラは、なんて書いたらいいのかな?』

おかみさん 『これが一番いいわ、たった一言、「いやだ」って書くの。』


国民投票

 どうですか、やはり芝居は見てみないと分かりません。ブレヒトの芝居は客観的で叙事的といわれますが、物語の内容はとても抒情的で人間味に溢れています。ポエムの様に綴られてゆく、この芝居は、涙を流すことを許しません。ブレヒトが語るように観客は観察者ですから、物語の中にある悲しみや愚かな出来事をただ嘆くだけでなく、現代に置き換えて、これから起きるかもしれない事をしっかり見ておかねばならないと思います。
 手元の本の間に「ブレヒト生誕90年に寄せて」と題して、一昨年亡くなった池袋小劇場の代表で演出家の関きよしさんが書かれた切り抜きがありました。今から27年前の新聞の切り抜きです。
 『演劇を見るたのしみが世界の変革を考える目と結びついており、人間関係の特定の仕組を解釈し、世界をもっともよく認識しよう、と努力する楽しみをもつ人びとのいるかぎり、ブレヒトの作品の有効性が失われることはない。

 
 舞台はカギ十字に見えるような通路があって、観客席は通路を挟んで三方、入口付近にピアノがあって、演奏は山本有紗さん、とてもダイナミックな演奏でした。音楽、コーラスも素敵でした。ラストは総勢30名ほどの幕開けの場面と同じ白い衣装のダンサーが現われて、幻想的な白い霧の中の1枚の布がダンサーの手首を絡める紐となり、天に向かい、地に倒れ、やがて解放されるのか消えてゆくのか、一人の少女を残して芝居は終わりました。演出は昨年「屠畜場の聖ヨハン」でモーラを演じた松下重人さん、とても斬新な演出で、久々のブレヒト芝居楽しめました。


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