『観劇記 恋に狂ひて』  説教「愛護の若」

観劇記 あまご 
2015年6月21日 
 
          脚本・演出・人形・仮面:遠藤啄  横浜ボートシアター
          神戸 アートビレッジセンター
                   


 これは人形劇なのか?説教節とは?まだまだ知らないことが多すぎます。俳優が人形を操り、ただし、文楽人形のように人形の手足が動いたり表情を変えたりするわけでもなく、人形を持って役者達が俳優として演ずるのです。説教節大夫が三味線で弾き語り、二人の演奏家がドラムやギター等多彩な楽器を奏でます。古典芸能のような近代芸能のような不思議な舞台でした。
そもそも、説経とは?WEBで調べて見たら、長々と書かれていてさっぱりわかりません。会場でもらったチラシの説経(教)節の歴史が書かれていました。「説経とは元来庶民を仏法に導くために経典教義を説くことでしたが、しだいに歌謡芸能化して説経節となり、室町時代から安土桃山時代に「山椒大夫」「石童丸」「をぐり」などの物語が語りはじめられました。江戸時代になると人形劇として京都、大阪、江戸などで全盛期をむかえますが、義太夫節の出現により衰退して行きます。約80年後、江戸で復活し、仏教の教えだけでなく人間の「喜怒哀楽」も表現する説経浄瑠璃として関東に広まりました。明治になると若松義太夫が現われ、作家の村井弦斉等の協力により詞章を近代的に整理すると同時に、局節も音楽化して一世を風靡しました。広辞苑では五説経として代表的な曲目は「山椒大夫」「苅萱」「信田妻」「梅若」「梵天国」または「愛護の若」。また、「山椒大夫」「苅萱」「俊徳丸」「小栗判官」「梵天国」の5つが挙げられています。

 

 ところで「恋に狂ひて」は五説経の一つ「愛護の若」をもとに脚本演出されています。あらすじも公演チラシからです。
平安時代、嵯峨天皇の御世。公家二条蔵人清平の一人息子「愛護の若」は観音から母の命と引き換えに授かった子であった。しかし継母「雲居の前」に恋い慕われ、父親からもうとまれ、霧降の滝に入水自殺してしまう。継母「雲居の前」も愛宕の若の父親に簀巻にされ滝に入水。のちに大蛇の姿になり「愛護の若」の死骸を頭上に載せ現われる。そして、愛護の若に関わった百八人すべてが霧降の滝に身を投げ、果てる・・・」
という壮絶な物語です。前進座が上演した説経節「山椒大夫」も残酷な話しでしたが、まだ恋も知らない愛護という美少年も哀れです。比叡山にいる叔父を頼ってボロボロになりながら、山道を登り下り、さ迷う姿は涙を誘います。役者達が覆う衣を山脈と見せ、衣装による舞台表現が見事でした。人形劇だから残酷性も見ている側からすれば薄まり、民衆の心をとらえるのでしょうか。大夫は一人で三味線を弾きながらの語り部でした。三味線のメロディーも西洋音楽的で、文楽「不破留寿之太夫」で聞いたグリーンスリーブスの三味線による演奏を思い出しながら、不思議な世界に引き込まれて行くようでした。日本の伝統芸能も時代と共に変化して行く、伝統を継承しながらも創造して行く、その進化する文化の豊かさに驚きました。






写真はパンフレットより

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