『コペンハーゲン』 
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観劇記 あまご 
2016年6月14日 
 
   作:マイケル・フレイン 訳:小田島恒志演出 : 上演台本・演出:小川絵梨子

                   


ちょうどこの芝居を観る二ヶ月前
神保町の古本屋で見つけた「コペンハーゲン」
読みだしたら止まらなくなり
1幕を読み終えたところで打ち切りして
芝居を観に行くことにしました。

前々から観たいな〜とは思っていましたが
先月も東京で2本芝居を観たことだし
神戸から東京までたびたびでは苦しい!
しかし
5月はよく働いたし今月もしっかり働く予定
芝居小屋は三軒茶屋の魅力的な劇場シアタートラム
座席数は200名程度
関西でこんな規模の劇場でこの芝居が上演されることはない
しかも
段田安則、宮沢りえ、浅野和之
旬な役者による三人芝居
散々悩んだすえ
思い切って行くことにしました
有効期限今月末のエキスプレスのポイント残もあり
帰りはグリーン車でゆったり



Storyはパンフレットから

 1941年、秋のある日
ヨーロッパは第二次世界大戦の只中にあった。
ドイツの物理学者ハイゼンベルグは、かって師と仰ぎ、ともに研究に従事した
デンマーク人の物理学者ボーアとその妻マルグレーテに会うために
デンマークの首都コペンハーゲンを訪れる。
コペンハーゲンはナチス・ドイツの支配下にあり
ユダヤ系であるボーアはナチスの監視下にあった。
ナチス政権下で原爆開発チーム「ウラン・クラブ」の一員になっていた
ハイゼンベルグにしても、自由な行動は当然許されていない。
そんな中で、なぜハイゼンベルグはリスクを冒してボーアのもとを訪ねたのか。
連合国側に通じていると見たボーアの動向を探るためか?
あるいは、ボーアをナチス側に引き込むためか?
それとも、ドイツの原爆開発を自ら阻止する思惑があったのか?
かっての師弟がお互いの真意を探り合う様子を
ボーアの妻マルグレーテが時に会話に加わりながら見つめている。
はたして、「あの謎の1日」に何があったのか。
3人は過去と現在を行き来しつつ不確かな記憶と言動をさかのぼり
確かな事実にたどり着こうと試みるのだが・・・・。

3人の椅子と小さなテーブルがあるだけの簡素な舞台

マルグレーテ: どうして彼はコペンハーゲンに来たの?
ボーア    : どうでもいいじゃないか。もう、我々は三人とも死んだのだから。
マルグレーテ: 当事者が死んでも、疑問だけが残ることもあるでしょ、亡霊みたいにつきまとって。生前見つからなかった答えを求めて。

亡霊のように現在でも過去でもある奇妙な夫婦の会話から始まりました
やがてハイゼンベルグが静かに表れて
二人の会話の中に
時間と空間を越えた夢幻能の世界です
なんども何度も時間が交差します
1941年9月の1日を確かめるために
それはハイゼルベルグが唱えた
「不確定性原理」
一方を正確に知ろうとすると、もう一方が不確定になるという
ボーアが提唱した「相補性理論」とあわせ
「コペンハーゲン解釈」という量子力学の世界です。
二人の偉大な物理学者の会話ですからとても難解です。
しかしスキーで滑降しながら何が見えるかとか
何を想い考えるかとか
数学者たちのポーカーの話などに
私の脳みそも刺激されます。

盗聴器が仕掛けられた部屋での緊張感溢れる会話
二人の科学者の中にあって時には自由な存在
まるで空間を飛び交う素粒子のようなマルガレーテ
舞台はサイクロトロンなのか
そして二人は散歩に
この時何が話されたのか
私たちには分かりません
二人ともお互いを誤解していたのかもしれません

ハイゼンベルク :私はただ先生にこう聞いただけです・一物理学者に、原子力エネルギーの実践的活用を研究する道徳上の権利はあるのか、と。・・・・・そして、先生は、わたしがヒットラーに核兵器を提供しょうとしているという結論に飛んでしまった。
ボーア       :していたじゃないか!
ハイゼンベルグ :いいえ!原子炉です!我々が作ろうとしていたのは!力を発生させる機械!電気を生み、船を動かす力を!
ボーア       :君は原子炉のことなど何も言わなかった。あの時私はこう聞いたはずだ。君は本気でウランの核分裂が兵器の製造に利用できると思っているのか、と
ハイゼンベルク  :こう答えました。利用可能だということは既に分かっている、と
ボーア        :それで怖くなったんだ。
ハイゼンベルク  :なぜなら、先生はずっと核兵器の製造にはU-235が必要であり、それを十分に分離するするのは不可能だと信じていたから。
ボーア        :原子炉なら・・・う〜ん、可能かもしれない。それ自体が爆発することはないからな。・・・
ハイゼンベルク  :いったん原子炉を稼働させたら・・・・
ボーア        :天然ウランにおけるU-238が高速中性子を吸収してしまう・・・
ハイゼンベルク  :・・・まったく新しい元素に変貌する。
ボーア       :ネプツニウム。今度はそれが自然崩壊して、また新しい元素になる・・・
ハイゼンベルク  プルトニウム
もし原子炉を作ることができるのなら、原子爆弾も作れるということです。そのために私はコペンハーゲンに来たのです。でも、こんなことはひと言も言えなかった。この段階で先生は耳を閉ざしてしまったから。爆弾は既に先生の頭の中で爆発していた。気が付くと私たちは家に向かって歩いていました。散歩は終わり、たった一度の話合いのチャンスは永遠に失われたのです。 
           ・・・・・・
ボーア       それではもう一度初めからやり直してみよう
           いまなら物陰に潜むゲシュタボはいない。イギリスの諜報部員もいない。我々を見張るものはだれもいない
マルグレーテ   私だけ
           ・・・・・・・
ハイゼンベルク  「先生・・・もし連合国が爆弾を製造しているとしたら私は祖国のためにどういう選択をすればいいのでしょう?」
           ・・・・・・・・
ボーア       連合国の科学者がどうして爆弾を開発したか。知っているだろう。
ハイゼンベルク  ええ、怖かったからです。
ボーア       君たちをさいなんでいた恐怖感と同じものだ。彼らは、君が開発に当っているものと恐れていた。
ハイゼンベルク  だったら、先生から伝えてくれればよかったじゃないですか!
ボーア       伝えるって、何を!
ハイゼンベルク  1941年に私がお話したことです!最終決定はわたしたちの手にあることを!私の手に---オッペンハイマーの手に!もし、単純な事実を、がっかりするような事実を私の口から言えるのであれば、彼にも言えるはずだということを!
ボーア       君がわたしに望んでいるのは、そういうことか?アメリカが何をしているのかを教えるのではなく、彼らを止めて欲しいと?
ハイゼンベルク  共にやめることができると伝えて欲しいのです。
ボーア        わたしにはアメリカとの接触はなかった
ハイゼンベルク  イギリスとはありました。
ボーア        それはもっと後のことだ。

広島に長崎に原爆が落とされたあと
原爆の製造に関わった科学者たちは悩みました
オットーハーンは自殺したいと
核分裂を発見したのは自分だからと・・・

ボーア        それで、ハイゼンベルク君、君はどうして1941年にコペンハーゲンに来たんだ?その時君が抱いていた恐怖感のことは、確かによく話してくれたね。だが、まさかアメリカが爆弾研究しているかどうか、私の口から聞けるなどとは思っていなかっただろう?
ハイゼンベルク  ええ。
ボーア        わたしが彼らに開発を止めさせるなどと、本気で期待していなかった。
ハイゼンベルク  ええ。
ボーア        私がなんと言おうが、原子炉の研究に戻るつもりだった。
ハイゼンベルク  ええ。
ボーア        それなら、ハイゼンベルク君、なぜ君は来たんだ?
ハイゼンベルク   なぜわたしは来たのか?
ボーア        もう一度、話してくれ。もう一つ、別の下書きを。今度はしっかり受け止めよう。今度こそ理解しよう。
マルグレート    きっとあなた自身、理解することになるでしょう。


なぜわたしは来たのか?
ではもう一度、1941年のあの夕暮れに。
私は懐かしい砂利道を歩いて先生の家の玄関に立つ。
そして懐かしい呼び鈴の紐を曳く。
わたしの頭にあるものは?
恐れはある、確かに。
それと、悪い知らせを伝える者に特有の不条理な恐ろしい重々しさ。
だが・・・そう・・・それとは違う何かが。ほら。また来た。
もう少しでその表情が見える。なにか、良いもの。
なにか、明るい、熱烈な、希望に満ちたもの。
ボーア       わたしが扉を開ける
ハイゼンベルク  そして先生がそこにいる。私をみてその眼が輝くのが分かる。
バーア       やあ、ハイゼンベルク君!
ハイゼンベルク  こんにちは、ボーア先生!
ボーア       さあ、入った、入った・・・・
         
第一幕 終わり

第一幕を読み終えた途端
本を閉じて
この芝居どうしても観たくなりました
慌てて申し込んだのがトラムシート
腰宛のある立見席です。
3時間近くあるこの芝居(実際は2時間10分)
年寄りには無理と後で判断し
キャンセル
そして再度申込み
やっと取れたのは平日のお昼席でした。



シアタートラムは渋谷から田園都市線で三軒茶屋に
とても小さな劇場でいつも羨ましく思います。

座席はL列17番
最後尾の席ですが前から11番目
第一幕は想像通り緊張の連続
知的で詩的で攻撃的な会話
ボーアの【相補性理論】とは
量子学の世界では〈粒子.〉と〈波〉のように互いに対立する性質が
補いあって存在するという理論
ボーアとマルグレートのように
ハイゼンベルクとボーアのように
行列式と拡散方程式
ごくわずかなウランで連鎖反応が起きるかを
計算しなかったのは故意なのか
絶えず対極し収斂なき展開

ボーア夫妻たち8000人のユダヤ人達がエーレスンド海峡を渡り
スウェーデンに逃亡できたのも
ハイゼンベルクたちが準備したのか
彼は否定するけど
作者のマイケル・フレインはそう暗示しているように思いました。

ドイツの敗戦が決まり
ハイゼンベルクが家族の元に逢いに行く三日三晩の逃避行の途中
ナチの兵士に捕まり撃ち殺されようとする瞬間
ポケットにあった煙草ラッキーストライク
20本の煙草と引き換えに命は助かったのです

沈黙

ハイゼンベルク君!わが友、ハイゼンベルク君!
ボーアは歩み寄る

マルグレーテ:  沈黙。いつも最後は沈黙に戻る。
路頭に迷った子供達
自分たちの失った子供達

ボーア: 自分自身、迷子のように世界をさ迷ったハイゼンベルク
自分たちの失った子供達
・・・
ハイゼンベルク: 私たちの子供達が子供たちの子供達が。
危うく難を逃れて、保持されている。
コペンハーゲンのあの短い一瞬のおかげで。
決して位置付けられたり定義されたりすることのない
ある出来事のおかげで。
そして、事実の根底にある
あの不確定性の最後の核のおかげで。

舞台の灯りは消えて闇の中に
素敵な微笑みと沈黙
やがて広がる客席からのため息
難解でしたけど
満足でした

コペンハーゲンでボーアの講義を聞き
物理学の新しい分野の研究に興味を抱いた
理研の仁科芳雄博士は日本で最初のサイクロトロンを完成させ
原爆の開発に着手します。
マキノノゾミ作「東京原子核クラブ」とか
先日の芝居「先生のオリザニン」にもこのことが出てきました
日本にもサイクロトロンがあり原爆製造に向けての研究があったと・・・
仁科芳雄博士の想いはよくわかりませんが
ドイツにはサイクロトロンがなく
フランスに一基、そしてボーア研究室に一基
アメリカにはたくさんあったそうです
サイクロトロンは今や医療の先端技術として不可欠な装置ですが
誤れば核兵器の技術開発にも繋がる
進歩と虐待
立ちどまることを忘れてはならないと思いました。


パンフtレットより


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