『不破留寿之太夫』 あまごの観劇記

観劇記 あまご 
2014年9月16日 
国立劇場 
          監修・作曲 :鶴澤清治  
           脚本     :河合祥一郎 
                   
 不破留寿之太夫(ふぁるすのたいふ)
シェイクスピアの「ヘンリー4世」と「ウインザーの陽気な女房たち」に登場する
酒好きで
女たらしで
臆病者
ヘンリー4世の息子ハル王子の悪友
騎士ジョンフォルスタッフを主人公にした物語です。

 ヘンリー4世という芝居は
ランカスター王家をめぐる史劇ですが
4世の王子ハルとその悪友ジョンフォルスタッフと
庶民たちを描いた喜劇も並行して進みます。
不破留寿之太夫」では王家の内紛のことは出て来ませんが
白薔薇赤薔薇戦争の複雑な争いが背景にあり
いつも頭の中が混乱するので
ちょっとまとめてみました。
長くなりますから
この物語をご存知の方は飛ばしてください。



 ヘンリー4世は
従兄のリチャード2世によって公爵領を没収された
ランカスター公ジョン・オヴ・ゴーントの息子ヘンリー・ボリングブルックです。
彼はリチャード2世によってフランスに追放されていましたが
リチャード2世がアイルランド遠征中に仲間と共にイングランドに上陸し
ウェールズとの国境でリチャード2世を逮捕し
王位(ランカスター王家の創立)に就いたのです。
リチャード2世は獄中で殺されたため
ヘンリー4世は簒奪者として後味の悪い立場だったようです。
この辺りのゴタゴタが後々の薔薇戦争
(赤薔薇=ランカスター家、白薔薇=ヨーク家の争い)となるのです。
ヘンリー5世となる皇太子ヘンリー(ハル)には
父と異なり簒奪者としての罪の意識はありません。
青年期はまるで織田信長のように自由奔放に生き、
フォルフスタッフ達と遊びまわっていたのです。
やがて
イングランドに反乱が起き
ハルは反乱軍の勇者ホットスパーを倒し
父であるヘンリー4世と和解し
安堵して死んでいった4世の後を受けヘンリー5世となります。
 フォルスタッフはハル王子が即位したことを知り
かつての友人としての恩恵をあずかるために宮廷に行くのですが
生まれ変わったヘンリー5世は拒絶し
監獄に収監するように命令します。
エピローグでは
フォルスタッフはフランスにて汗かき病で死ぬことになっているのですが
追放前なのか後なのか
お金に困ったフォルスタッフはウインザーの裕福な夫人たち
(フォード夫人とページ夫人)に言い寄り
散々な目の合うのが続編の「ウインザーの陽気な女房たち」です。
フォルスタッフから恋文を受け取った夫人たちは
お互いに見せ合うと
宛先以外は全く同じものだと知ります。
そこで懲らしめてやろうとフォルスタップの誘いに乗るふりをすることにします。
フォード夫人は夫の留守中に訪ねるように伝え
のこのこやって来たフォルスタッフは
夫が帰ってきたからと汚れ物の中に隠れされ
汚れ物と一緒にテムズ川に捨てられます。
そして
またまたフォード夫人の誘惑に乗り
再度フォード邸を訪れますが
夫が帰って来て
今度は夫の大嫌いな女中のデブのおばさんの服を着せられ
家を出て行こうとしたときに夫に見つかり散々に殴られるというお話です。
2度あることは3度ある
これまでの経緯を夫に話した夫人たち
今度はウインザーの森に呼びだされ
妖精に扮した子供たちにさんざんにつねられるという物語です。

 さて

本題の文楽「不破留寿之太夫」です。
何せ初めての文楽ですから
感想というより
記録に留めておくための舞台の紹介が中心になります。

 国立劇場は最近よく利用するホテルの直ぐ近く
三宅坂の最高裁判所の隣です。
近くには国会議事堂や首相官邸もあり
皇居のすぐそば
とても静かなところにあります。
劇場は総座席数1610席の大劇場と590席の小劇場
不破留寿之太夫は小劇場で上演されました。

 劇場に入ると上手(右側)に大夫と三味線が座る「床」があり
配置はいつもと違うそうです。
私は上手が好きなので
7列25番の床の近くのグッドな席をとりました。
やがて三味線5人衆と語り部の大夫4人が現われ
序曲は「グリーンスリーブス」三味線がチエロのように縦に弓による演奏
琴の音も加わり
ここはイングランドなのか日本なのか。

舞台中央には大きな櫻の大木があり
不破留寿は居眠り中。
そこに春若が現われて
桜の木の上から酒をたらします。



これは異なこと、天から酒が降りたるか

目覚めた不破留寿は辺りきょろきょろ
領主の息子春若に気づかず
悪態をつくのです。

まこと今日この国が太平至極に治まるも
この不破留寿様のおかげぢゃわい。
なにしろこの国の御領主は死にかけた老いぼれ爺。
世継のひょっこは馬鹿丸出しの大うつけ。
その馬鹿君のお世話係のこのわしが
かように丸い腹をしていればこそ
すべてが丸く治まるのぢゃ・・・


と酒を呑もうとするが酒がない。

いやこれは困った

と思案顔、
やがてはたと手を打ちたたき


よいことを思いついた。
居酒屋の女房お早はこの頃わしに色目を使いおる。
てっきりわしに
ムフフ、ハハハ
気があるに相違ない。
ヨシ
付け文を送りつけてその気にさせ
惚れさせて酒を出させよう。
オ、そうじゃ、も一人
蕎麦屋の女房お花にも
同じ付け文書き送り、貢がせてやろう。
一石二鳥とはこのことじゃ


これは、ウインザーの陽気な女房と同じ手口ですね。
 と・・・
 春若、木よりするすると降り来たりて

これは杏里の国の世継にて春若ともうす者にて候ふ。
我が国に攻め入らんとする敵国の眼を欺かんため
遊興に耽り大酒に性根を乱し
『杏里の国の若殿はうつけぢや、大馬鹿者ぢゃ』
との噂を立てて敵を安堵せしめているぢゃ・・・
それにしても先程から聞いておれば
あることないこと言いたい放題。
ちと懲らしめてやらぬばなるまい


 ここからは
不破留寿に旅人から100両の大金を奪いさせ
鬼面を被り変装した春若が不破留寿から100両を奪い取る
ヘンリー4世と同じです。

 一方
居酒屋の女房お春と蕎麦屋の女房お花も2通の恋文見せ合って
不破留寿の魂胆逆手にとり
恋する振りして女同士の喧嘩芝居
お早が平手をお花がかわし不破留寿の顔面ぴしゃりと叩く。
お花が平手もお早がよけて不破留寿の顔にこれまたぴしゃり。
不破留寿の顔は腫れあがり
色はもみじかかきつばた

 そして
舞台は変わり居酒屋
お早とお花が不破留寿の家来たちを相手に
アハハ、オホホと笑い興じて高話
そこに春若やって来て
事の次第を話せば
みな興がり
不破留寿をいたぶろうと待つことに。
そこに抜き身を引っさげた不破留寿がやって来て
何していたのだと問いただすと。

 たった今まで賊を相手に戦っていた
賊が一人から二人となり

自慢話の大ボラで

賊が四人となり十六人

思いきや五十人
なんの百人ぢゃ
そいつらを一人残らず斬り捨てたまではよかったが
エイ畜生、百一人目がいやがって
いきなり金子をひったがりやがった・・・・


 そこで
春若、鬼面を被り
見覚えあろう、サァどうぢゃ

そ、それは
サァ サァ サァ サァ サァ サァ サァ

不破留寿、カンカラと笑い

なんと、
わしを襲ったのが春若様であったことをわしがしらなんだとお思いか。
そんなことは先刻承知
将来の御領主さまに怪我でもさせたら大変と機転を働かせたのだ・・・


 あとは飲めや歌えのどんちゃか騒ぎ
テニスのラリーも始まって・・・

よっ!錦織!

訳の判らぬ酒場のシーン

そこへ、お城より使いの者

只今御領主さまがご逝去なされました。

それを聞いて一同泣き沈む
 不破留寿独り大喜び
若が御領主さまになられた。御領主さまぢゃ〜

すると春若
一喝し

そちは即刻所払いぢゃ

お春
不破留寿もこの歳ですからお許し下さい

哀願するも

ならぬ去れ

何故にこの身を追放なさる
と問えば

太りすぎぢゃ

の一言

春若
馬にまたがり威儀を正して涼やかに

楽をして暮らす時代は追われり。
これからは厳しい冬の時代ぢゃ。
誰もが真面目に働かねばならぬ。
お前もその太鼓腹がしぼむまで精進しをれ。
さらばじゃ不破留寿之太夫、お前との長い付き合い
大いに楽しんだぞ。
長生きせいよ。
これは路銀ぢゃ。
さ、行け


春若に見捨てられ
呆然と舞台に立ち尽す不破留寿
やがて、舞台から観客席に降りて
後方に歩き始めます。

 まあ、時代が変わったということか・・・
やがて時が来れば
戦など愚かしいとわかる時代もやって来よう。
国と国が争わぬ時代もやって来よう。
虚しい名誉のためにあくせく生きるなどまっぴら御免ちゃ。
愉快に楽しく生きることこそ真の生き方ではないか。




 消えてしまったしばしの静寂の後、
突然のように万感の思いを込めた拍手が沸き起こりました。
まさに
今の日本を見るような思いが観客席に伝わったのです。
 
 それにしても
シェイクスピアの世界を
文楽という日本の伝統芸術によって現代に甦らせるとは
喜劇を現代の悲劇的な状況に投影した見事な舞台でした。



 不破留寿之太夫を見送る不思議な人物
様々な場面に出ていましたね。



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