『組曲虐殺』

観劇記 あまご 

          作 :井上ひさし  
           演出:栗山民也 
          
         



  今年の初芝居は「組曲虐殺」です。数年前、西宮芸文でチケットを買っていたのに急な出張で観れなかつた作品、こんなに早い段階で再演があるとは・・・ 井上ひさしの最後の作品で遺言ともいえる芝居を観ることができました。「組曲虐殺」は29歳の若さで殺された小林多喜二(井上芳雄)と、その恋人(石原さとみ)、姉(高畑淳子)、同志(神野三鈴)、二人の特高(山本龍二・山崎 一)達、6人の俳優と神戸生まれのジャズピアニスト小曾根真による迫真の音楽劇でした。
 今なぜ小林多喜二なのか、井上ひさしの最後の作品(になってしまった)が「組曲虐殺」なのか、芝居を観終えた今考えています。
 世の中、ますます暗い方向に向かっているような気がします。数年前、多喜二の「蟹工船」がたくさんの若者たちに読まれ、本屋の店頭にもたくさん並んでいた時期がありました。若者たちだけでなく、今は働かねばならぬ人達が路上をさ迷っている。朝日新聞の連載「路上から挑戦」「限界にっぽん」などの記事を読んでいると、日本は戦前に戻り始めているのではないかと、暗い気持ちになることがあります。芝居のテーマは実に暗く残酷ですが、舞台を観ていると、どこか明るさが漂っています。石原さとみの愛らしさと高畑淳子のひょうきんな逞しさが舞台を優しく包みこんでいるようでした。そして、井上芳雄、歌の優しさです。作者井上ひさしは、この暗闇のような時代にも「生きよ」というメッセージを多喜二の虐殺に添えて投げかけているのでしょう。多喜二が苦界に身を沈めていた恋人、田口瀧子にあてた手紙「闇があるから光がある」を思い出します。
 6人の登場人物達が語り始めるそれぞれの「かけがえのない光景」は、生き方は違えど、必死に生きてきた人生の思い出「根っこ」のようなものです。特高刑事の山本龍二が幼い頃は孤児院育ち、行商に出され夕方6時にまでは帰れないから、寒さをしのぐために仲間と押しくら饅頭をした思い出。二人の特高が押し競饅頭を始めると、いつの間にか舞台の奥で高畑淳子・神野三鈴・石原さとみの三人も暗闇に輝く光の中で押しくら饅頭・・・すこし距離をおいて眺めている多喜二・・・「これが僕の、一番新しい、かけがいのない光景だな。」 多喜二「胸の映写機」を歌い始め、やがて5人も加わり

カタカタまわる 胸の映写機
  ひとの景色を 写しだす
たとえば
一杯機嫌の さくらのはるを
パラソルゆれる 海辺のなつを
黄金の波の 稲田のあきを
布団も凍る 吹雪のふゆを
 ひとのいのちが あるかぎり
 カタカタまわる 胸の映写機
  カタカタカタ カタカタカタ
  カタカタカ

 すべてが絶ち切られる。
 やがて、ピアノが単音を列ねてゆく・・・小曾根真の素晴らしいピアノ演奏!
カーテンコールは総立ちのスタンデイングオベーション! 見事な芝居でした。


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