『イノセント・ピープル』 原爆を作った男たちの65年

観劇記 あまご 

          作 :畑澤聖悟   
           演出:黒岩亮(青年座)                                   
         
2013年2月3日 
あうるすぽっと
 


この芝居は
原子爆弾の開発に従事した5人の若者たちの物語
彼らが
アメリカ市民として
何を思い
考え
行動してきたか
アメリカの戦争史ともいえる65年間を
畑澤聖悟という日本人がアメリカ人の視点に立って
いや
両者の視点
いわゆる複眼的な視野から原爆投下という問題を取り上げた
実に驚くべき舞台でした。

 芝居の背景を簡単に説明しますと
ウランの核分裂によって膨大なエネルギーを発散させるのが原子爆弾ですが
その理論はドイツの科学者オット・ハーン等によって発見され
ヒトラーが原子爆弾製造の研究を進める準備をします。
そのことを知ったユダヤ系ハンガリー人の物理学者シラードは
ユダヤ人を迫害するヒトラーが原爆を持つことを恐れ
アメリカ大統領に
ヒトラーより早く原爆を作ることを勧める手紙を送ります。
この手紙には
アインシュタインの署名も添えられました。
こうした背景から
全米から超優秀な若者たちがニューメキシコ州アラモスに集められ
4mの堀に囲まれた研究所の中で原子爆弾製造の研究を始めるわけです。
 5人の若者たちが開発した原子爆弾は
アラモスの荒野で大成功を収めます。
膨大なエネルギーを発散した原子爆弾は
20日後の1945年8月6日にヒロシマに投下されました。
地上600mという最も効果的な空中で爆発した爆弾は20万人の命を奪いましたが
彼らの視線は地上にはなく
天空に舞い上がる
きのこ雲でしかなかったのです。
そして1945年5月8日のドイツの降伏に続き
8月15日
日本はついに降伏。
戦争を終わらせる手段として原子爆弾の開発が有効であると
イノセント(純粋・無邪気)に信じていた5人の若者たちは
原子爆弾投下の成功を喜びあったのでした。
・・・
                                                   
 舞台は暗転して
あの日から18年ぶり
今なお水素爆弾開発の要職にあるブライアン(遠藤純一)の家に
かつての仲間5人が集まりました。
GMで働くキース(宮本充)
沖縄に滞在中の海兵隊の中尉グレッグ(石田博英)
高校教師の数学者ジョン(鳥畑洋人)
そして医者のカール(福山廉士)達
ちょうどその頃
ケネディが暗殺されベトナム戦争が激しさを増し始めた頃です。
戦争は事件を利用して国民を鼓舞して行きます。
原爆投下の根拠となった「Remember Pearl Harbor」
9.11の報復から始まった湾岸戦争・・・
芝居の中で「ジャップ」とか「猿」とか
こんなセリフが飛び交うと
芝居とはいえ
だんだんと気分が悪くなってきます。
特にGMで働くキースは日本車がどんどん進出してくるので激しい苛立ちを見せます。
今度は経済戦争が始まっていたのです。
 舞台は
1945年当時と何十年後の時を経た情景が交互に現われます。
5人の若者たちが
その子供たちが
65年の歴史の中でどう生きてきたのか。
反対を押し切って海軍に志願したブライアンの息子はベトナム戦争で両足を失い
グレッグの息子は湾岸戦争で使用された劣化ウラン弾の影響で病死します。
またブライアンの娘は被爆2世の日本青年と結婚し広島で平和運動に携わります。
爆薬を32面体に配置することにより
核爆弾が製造できること計算した天才数学者ジョンは
広島を訪れたあと自殺します。
65年の間にそれぞれの人生は変わって行きます。
 2010年娘の葬儀にヒロシマを訪れたブライアンは
娘の夫から求められた
原爆製造に関わったことへの謝罪を述べることが出来ません。
分かってはいるのでしょうけど
あまりにも重たい責任ですから・・・
日本人は「No more HIROSHIMA」といいますが
アメリカ人は一般的に「Remember Pearl Harbor」というそうです。
しかし
アメリカ人の原爆に対するとらえ方は少しは変わってきているのかもしれません。
2009年プラハでのオバマの演説で
核兵器を使用したことのある唯一の核保有国の道義的責任を述べたように・・・
オバマのことは芝居の中でも登場しました。

この芝居が初演された2010年8月は東北大震災3.11の半年前
福島の原発事故が起こりました。
畑澤聖悟氏は「日本人と原子力の関係が激変した今
この芝居を再演したいと
あの日以来ずっと考えてきた」と・・・
無責任な親たちを描いた戯曲「親の顔が見たい」と同じく
原発に係った日本の無責任(イノセント)な人達のことを
もう一度訴えたかったのかもしれません。
このあと
原発をテーマにした芝居
ふじたあさやの「臨界幻想」が
30年ぶりに
「臨界幻想2011」として再演されます。
観たいのですが関西は素通りで
今月末に岡山公演があるそうです。
そして
原爆投下の後
技術者の良心をテーマに書き直したと言われる
ブレヒトの「ガリレオの生涯」が7月に上演されます。
エンジニアの端くれとして是非観たいと思うのですが
なかなか関西では観れません。
今年はシリアスな芝居が続きそうです。

 


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