チェーホフ短編集『賭け』

観劇記 あまご 

      作: アントン・チェーホフ
      脚本・演出:山崎清介
      華のん企画プロデュース あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術センター)
      出演:井沢磨紀、佐藤誓、山口雅義、戸谷昌弘、三咲順子、山田ひとみ

 4月18日(水)一生懸命働いたご褒美です。
「あうるすぽっと」は東池袋にある区立の劇場で観客席は301席と新劇ファンにとって、理想的な小劇場、神戸にもこんな劇場が欲しいと思いました。そして、嬉しいことに、B列7番の緊張席です。
 『賭け』はチェーホフの短編小説「賭け」をベースにして、チェーホフ5つの短編小説を織り込んだちょっと不思議な構成の芝居です。土台である「賭け」の展開によって、6人の登場人物が、役者になったり、舞台上での観客になったり、猫や犬になったり、衣装はそのままの出ずっぱり、休憩なしの1時間45分、緊張感溢れる芝居でした。



 芝居は15年前のパーティーの回想シーンから始まります。多分、銀行家(佐藤誓)が頭取に就任したお祝いのようです。おしゃべりは盛り上がり、「死刑と終身刑はどちらが人間的か」という、まぁ〜つまらない酔っぱらいの議論なんですが、大金持ちで勢いのある銀行家は、「死刑の方が人間的である!」と、高圧的な意見を述べるのです。周りの人たちは冷ややか、そこで部屋の片隅で静かに本を読んでいる若い法律家(戸谷昌弘)に議論を吹っ掛けると「殺されるより、生きる方が良い」・・・カチンときた銀行家は、若い法律家を挑発し、ある賭けを提案します。15年間独房に入っていたら200万ルーブル(20億円)を渡そう、お酒も、たばこも、本を読むのも、手紙を書くのも、ピアノを弾くのも自由、必要な物はメモにより要求する。そして、賭けに負けて独房から出て行くのも自由。ただし、その期間中、外に出入りしたり、誰かに逢ったり、会話したり、手紙や新聞を受け取ったりする権利は無いという条件で賭けは成立。



 場面は最初に戻り、幽閉されていた法律家は、約束の期限の5時間前に1通の手紙を残して独房から出てしまったのでした。「なぜ?なぜ?なぜ?大金を目の前にして・・・・」「頭取が殺してしまったのではないのか・・・・」そんな周りの非難の声を遮り、頭取は語り始めるのです。
 始めの1年は孤独と退屈に苦しみ、酒とたばこと、ピアノで気を紛らわしていたようだが・・・
 
 その時、突然舞台が変わります。嵐の夜、森の番人(井沢磨紀)の小屋に何故か猟師になった法律家がいて・・・・二人がなにやら当たり障りない話をしていると、助けを叫ぶ女の声が、猟師(戸谷昌弘)が2匹の犬(山田ひとみ、山口雅義)を連れて助けに行こうとするのですが、森番と森番の犬(三咲順子)はただ怯えるだけ・・・役者さんはそのままの衣装で犬を演じています。銀行家は奥の方で本を読んでいます。嵐の中から帰ってきた猟師は森番に「溜め込んだ金を出せ」と銃を向けたところで芝居は終わり。なんだ、劇中劇だったのか?それにしても、この展開はなんだろう?5時間前に出て行った法律家は、お金を請求するために再び戻って来るのか?と、思わせぶりな「物騒な客」という突然の挿入劇です。



 再び回想の場面、法律家が求めたピアノの楽譜はなんだった?というようなタイミングから、「忘れた!」という劇が始まります。店に買い物にやって来た男(山口雅義)、なにを買いに来たのか忘れてしまった。思い出さそうとする店員(山田ひとみ)、あれこれ話すうちに、思い出したのはリストのピアノの楽譜・・・・よくわからない展開ですけど・・・

 「彼と彼女」美しい女優(三咲順子)とマネージャー(佐藤誓)、二人はお互いを罵りあってばかりいるのですが、実はお互いをとても必要としている関係、『賭け』の芝居と、どんな関係があるのか無いのか?チェーホフとクニッペルとの関係はこんな感じだったのかな〜なんて、考えてしまいます。三咲さんはとてもチャーミングな女優さん! 



  
 「カメレオン」犬(佐藤誓)にかまれた男(山口雅義)が警察署長(井沢磨紀)に訴えると、だれか将軍の犬だと言うものがいて、署長は豹変、また、違うと言うものもいて豹変、今度は将軍の弟の犬だと言うものがいて豹変。犬(佐藤誓)の戸惑った表情がいい!
「魔女」吹雪の夜、男(戸谷昌弘)は妻(山田ひとみ)が嵐の夜になると男を呼び込んでいる魔女だと疑っている。妻は笑顔で楽しそうに編み物をしている。そこに突然郵便配達夫(山口雅義)が現れて・・・・奥様は可愛い魔女!

 劇中劇と回想の転換は話のどこで起こったのか、もうすっかり忘れてしまいましたが、そのうち、独房の法律家は、酒とたばこを拒絶するようになり、ピアノも暫く弾かなくなり、恋愛小説や推理小説など軽い読み物を要求するようになります。何年かは、食べて飲んで寝るだけのぐうたらな生活が続き、そろそろ根をあげるかなと思った頃、言語、哲学、歴史など多岐に亘る本の要求があった。しかし、その後の数年間はただ新約聖書だけを読み耽る日々が続き、そして、最後の2年間、化学書に医学書、哲学書、シェークスピア、種々の論文・・・・と狂気なような読み漁り生活。

 約束の時は迫ってきます。銀行家は恐れていたのです。15年前は大金持ちだったのに、今では財産と負債のどちらが多いのか計算することすら恐ろしい、200万ルーブルを払えば破産することを、それに本代はまだ支払ってはいない。銀行家は決心をし、15年間開くことのなかった独房の扉を開き、あの男の所に・・・男は椅子に座ったまま眠っていました。殺してやろうとも考えたが、彼の前に1通の手紙があり、銀行家は手紙を読み始めます。「これまで読んだ沢山の書物は叡智を与えてくれたが、今はすべてが虚しく醜悪ですらある。全ての書物や英知を軽蔑する。この気持ちを実際に示す為に、15年の約束の前に、ここを出て行き、約束の200万ルーブルは放棄する。」銀行家は涙を流し、深い軽蔑を自分自身に向けながら、老いさらばえた姿となった若き法律家の元を去ったと・・・・。

 小説では銀行家が法律家の手紙を金庫に閉まって終わるのですが、芝居はもう少し怪しげな展開をします。ちょっと怖い芝居でしたが、見応えのある芝居でした。チェーホフの優しさと冷たさ、そして悲劇性と喜劇性・・・とても残忍な「賭け」という短編小説に5作の短編を組み合わせ、つくづくと人間の魂の不思議さを感じます。

 今日は、初日でしたけど、役者さん達も皆さん伸び伸びと、いい感じ、好演です。観客も高校生から熟年までバランスよく「あうるすぽっと」が若い観客を大切にしながら、区民のための劇場を目指していることがよくわかりました。芝居の途中で、若い女の子の高い笑い声が時々聞こえてきます。なかなか素直に笑えない私には、爽やかな笑い声に聞こえました。いいですね!
写真はパンフレットから


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