『かもめ』

観劇記 あまご 

          作  :アントン・チェーホフ
          訳  :浦 雅春
          演出:眞鍋卓嗣


チェーホフの芝居の中で「かもめ」は一番好きな作品です。

芝居好きの青年にとってかもめのニーナは憧れの存在でした。
どんなに愛していても去ってゆくのですから。

 最近は小劇場で観る芝居が多く
狭い空間を上手く利用した舞台装置に驚かされます。
俳優座の5階稽古場の観客席は全部で91席
私は最前列の上手席1列10番



舞台はフラットで私の足元に酒瓶や小さな花が植えられた50p四方の台
舞台前方下手には机と椅子が置かれた台
その左には釣竿とバケツの置かれた台
食器の置かれた台
トランクが置かれた台・・・・

登場する人物が暗示されています。
台にはロープが付いていますし
芝居が始まる前
これらがどう使われていくのか
あれこれ想像しているとワクワクしてきます。
湖を背景にした神秘的な舞台は左の奥のカーテンの中にありそうです。




芝居が始まりました。
黒い服に身を包んだマーシャ(若井なおみ)が現れて
私の目の前の椅子に
そうです
酒瓶と花が植えられた小さな台がマーシャの舞台なんですね。
主要な人物には一人一人の小さな舞台が用意されているようです。
小さな自分たちの舞台を幕間に役者さん達がロープを引っ張り動かして行きます。
まるで人生を引っ張るかのように・・・・
眞鍋卓嗣の演出が冴えわたります。

 「かもめ」の芝居に登場する人物たちの性格は非常にはっきりしています。
でも
こころ模様はとても曖昧模糊でとらえどころのないように思えます。
「かもめ」に登場する人たちは大概が恋をしています。
人気女優アルカージナ(斉藤深雪)は人気作家のトリゴーリン(田中壮太郎)に
アルカージナの息子トレープレフ(齋藤隆介)はかもめのニーナ(安藤聡海)に
教師のメドヴェジェンコ(河内浩)はマーシャに
マーシャの母ポリーナ(坪井木の実)は医者のドールン(伊藤達広)に
マーシャはトレープレフを深く愛しています。
困ったことに
ニーナがトリゴーリンへの尊敬から愛に変わってしまったことが
悲劇の始まりだったのです。




 チーホフはこの芝居に「四幕の喜劇」と副題を付けていますが
その想いは複雑だったと思います。
恋人同士であったニーナとトレープレフの間に
母の恋人のトリゴーリンが現れて
瞬く間にニーナの心を奪ってしまいます。
ニーナの心を撃ち落としたのです。
トレープレフは本物のかもめを撃ち落とし
かもめはトリゴーリンの依頼によって剥製に。
やがて
ニーナはトリゴーリンの子供を産み
子と死に別れ
トリゴーリンに捨てられ
ドサ回りの貧しい女優に。
一方のトレープレフ
少しは名が売れる作家になったようです。
時が過ぎてもトレープレフのニーナに対する愛は変わりません
ニーナの舞台はいつもどこでも見続けていたようです。
そして

ニーナが近くに来ていることも知っています。
一方トリゴーリンは
トレープレフが撃ち落としたかもめを剥製にしてくれと頼んだことすら
すっかり忘れています。
かもめの台本からは(芝居を観るのは今回が初めて)
トリゴーリンは若いニーナの気持をもて遊んだ嫌な奴
そんな印象が強かったのですが
芝居では
田中壮太朗が優柔不断だけど
知的で素直な感じのトリゴーリンを演じていて好感を抱きました。
ニーナがトリゴーリンを好きになるのも
捨てられても愛しているのがわかります。
最後の場面
嵐の夜
ボロボロになったニーナがトレープレフのもとにやって来て

トレープレフが作り
ニーナが演じ
アルカージナに笑われた詩を再読します。

 人もライオンも
鷲も雷鳥も
角のある鹿も蜘蛛も
水の中に住む物言わぬ魚たちも。
海にすむヒトデも
人の眼でとらえることのできぬものも
つまり生きとし生けるものすべてはそのはかなき命の経巡りを終え
消え失せた・・・
この地上から最後の生命のかけらが消え失せてから
すでに幾千年もの年が過ぎ
この哀れな月は空しくその光を投げかけている。
草原ではもはや鶴が眠りからさめて大きな鳴き声をたてることはなく
菩提樹の林では黄金虫の羽音を耳にすることがない。

(浦雅春訳 岩波文庫)

 ニーナは今でもトリゴーリンを愛していると・・・

私は かもめ・・・そうじゃない
私は 女優 

ガラス戸から駆け去ってゆくニーナ・・・
悲しいけど
どこか逞しさを感じるニーナ
これが、かもめの魅力です
若い安藤聡海さんがとても魅力的なニーナを演じていました。
それと
喪服のマーシャを演じた若井なおみさん
トレープレフを愛し
その愛を断ち切るために凡庸なメドヴェジエンコと結婚しても
断ち切れない愛の苦しさ
切なく美しいマーシャ
最初から最後の場面まで
とても重要な役柄です。
若井さんは俳優座の研究生の時ニーナを演じたそうです。
終演後、若井さんと少しだけ懇談
(神戸には 2006年3月の『足摺岬』)
「もう一度神戸に行きたい」と
強いメッセージがありました。




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