『てけれっつのぱ』

観劇記 あまご 

 2013年6月6日 文化座
          原作:蜂谷 涼   
          脚本:瀬戸口 郁
           演出:西川 信廣 
          
         
 演劇鑑賞会に復帰して半年、最近の例会「くにこ」「メアリースチュアート」「わが町」どこか物足りない感じがしていました。昨年の12月例会は文学座の「くにこ」楽しい芝居でしたが、役者さんが頑張っている割には中身が薄く単なる浮気物語なのか、中島敦彦や東憲司らのあまりにも軽い作品が続くと、また会員を止めようかと思います。「メアリースチュアート」小巻さんと樫山さの豪華2大女優による競演、どこかちぐはぐな、全体としてのアンサンブルにかけているように感じました。ソートン・ワイルダーの「わが町」今から70年前に書かれた斬新な舞台と時空を超えた魂の芝居が、今、なぜ音楽劇なのか?芝居は良かったけど、神戸初演の舞台ですから、原作に忠実な舞台でもよかったのでは・・・と思います。
 このところ自分好みの芝居を観続けたこともあり、増々わがままなになって来ています。増々話が飛びますが、先日の「おしゃべり新劇史」はウエスカーの「調理場」でした。その時の話題のひとつが、芝居の評価、1979年に上演された12本の芝居の中で「調理場」はなんと7位だったそうです。あの感動的な芝居が7位とは、驚きでした。自分が良かったものと周りの人たちが良かったものと随分違うのだなあ〜。その年の第一位は鶴屋南北の「盟三五大切」若山富三郎と木の実ナナ、西田敏行達による、悲しく、美しく、また、悔しさに溢れる芝居でしたから分ります。その年の神戸労演の例会は、1月「灰の町のアメリカ紳士」、2月「マクベス」、3月「調理場」、4月「オッペケペ」、5月「欲望という電車」、6月「アントニーとクレオパトラ」、7月「雨」、8月「ある夜間中学の記録」、9月「小さな広場」、10月盟三五大切」、11月「毒婦の父」、12月「怒りを込めてふり返れ」と豪華な芝居が続いています。
 「ある夜間中学の記録」は文化座の鈴木光枝さんと佐々木愛さんの親子共演でしたが、私は当時、大阪にいて、なぜか大阪例会は「人類館」で見逃しています。翌年12月は「女と刀」再度、鈴木光枝さんと佐々木愛さんとの競演でした。その時のパンプレットを見たら、佐々木愛さん、お母さんの鈴木光枝さんとそっくりです。



「女と刀」


 「女と刀」、今回の「てけれっつのぱ」と随分共通点があります。「女と刀」は西南の役から5年目の薩摩が舞台、薩摩の郷士の娘として生まれたキオ、意に染まない結婚、そして50年間のもつれた糸をほどくかのように「ひとふりの刀の重さほども値しない男よ」と夫に離別の言葉を投げつけます。明治以降、大義名分だけで、権力の甘い汁を吸い続けてきた政治家や政府の高官たちや、維新八朔とか上っ面の言葉だけで民意を顧みない今の政治屋たちにも突き付けてやりたいセリフです。
 前段が長くなってしまいました。ここからが観劇記「てけれっつのぱ」です。とても痛快で楽しい芝居だったので、愚痴が先に出てしまいました。


阿部敦子 佐々木愛

 「てけれっつのぱ」、上野の闘いで薩長に殺された彰義隊、その旗本の妻でありながら、残された家族を救うために、芸者となり、憎き薩摩の郷士・別所(津田二郎)の妾となった あや乃(阿部敦子)、あや乃を心から支えるセキ(佐々木愛)、誇り高き薩摩の士族の娘で、権力志向の別所に嫁ぎ愛のない日々を送っていた本妻佳代(有賀ひろみ)、不思議な関係の女三人を中心にした物語です。3人は江戸から新天地小樽に、そこで自立した生活を立ち上げるために「きしや」という魚や野菜の煮物などを扱う小さなお店を構えることになりました。そこにあや乃を慕う、車屋の銀次(沖永正志)や混血の妻ロビン(小谷佳加)が加わり、更にはセキの息子と嫁も加わって、「きしや」は雑貨の小売や車屋、髪結いなど新天地での新しい生活が始まります。

 しかし、新天地はいつの世も利権の温床、北海道開拓使の美味しいところは皆、薩摩ゆかりの者たちが独占、そのことが世間に知れわたり、開拓使は解散※1、権力争いは朝鮮・満州・台湾・中国へと戦争への道に突き進んで行きます。権力者の甘い汁は利権集団と深く結びつき、表に出ない真の巨悪達は、流れやくざの高島一家を使って小樽を再開発するために「きしや」の立ち退きをせまります。やくざを相手に毅然と立ち向かう薩摩おごじょ(有賀ひろみ)、かっこよかったですね。チンピラの振り回す短刀をなぎなたでけちらし、チジミ上がらせる勇士、大柄な混血娘ロビンも強かった。久々に舞台での立ち回りを見て、気持がすっきりしたのは私だけででなかつたと思います。物事が内密に運ばれ、知らないうちに決まってしまう世の中、小さな声は無視されて、諦めるしかないのか、小悪や隠れ巨悪と戦う「きしや」の面々に大きな喝采が起きるのも今の世がこの有様ですから、皆、気持ちは同じです。



有賀ひろみ 小谷佳加 高村尚枝 鳴海宏明


 「きしや」は、結局は焼かれ、開拓使の高級官僚であった別所は東京に戻り、黒田と共に海外侵略に携わることになります。しかし、あや乃達は小樽に残り、「きしや」の再建を誓います。そこには、すでに自分たち以外頼れるものはいないと感じたときの不思議な昂揚感がありました。「きしや」が、ならず者に襲われ焼かれる最後の場面はセキの葬式でした。舞台がはねて、満場の拍手のなかの現れた佐々木愛さん、素敵な笑顔でした、同時に母鈴木光枝さんのきりりとした姿、「突き付けられたひとふりの刀」を思い出します。素晴らしい舞台でした。
 


小谷佳加 阿部敦子 沖永正志 高村尚枝 鳴海宏明 有賀ひろみ

写真はパンフレットより
※1開拓使官有物払下げ事件
黒田は開拓使の事業を継承させるため、部下の官吏に官有の施設・設備を安値で払い下げることにした。これを探知した新聞社は、払い下げの主役を薩摩の政商五代友厚だと考えて攻撃した。これが、明治時代最大級の疑獄事件である開拓使官有物払下げ事件である。 開拓使は翌明治15年(1882年)に廃止された。
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