『三人姉妹

観劇記 あまご 

          作:アントン・チェーホフ 訳:坂口玲子 演出:坂口芳貞 
          文学座公演 新宿紀伊国屋ホール 212
         



  昔、民藝の宇野重吉演出による『三人姉妹』を観ました。あの時代は今より夢があったのか、それともまだ私が若かったせいなのか、なにぶん、あまりにも古い記憶なので最後のあの有名な台詞の一部しか覚えていないのですけど・・・・ずいぶん悲しい結末だけど、不思議と希望の光が感じられる舞台だったように記憶しています。
 今度の舞台を観て、昔とずいぶん違った印象を受けました。私自身が齢を取ってしまったせいなのか、時代の閉塞感が強まってきたせいなのか、劇団の違いなのか?・・・そういえば、一月例会の花咲くチェリーも訳:坂口玲子 演出:坂口芳貞さんでしたね。昔、観た花咲くチェリーとはずいぶん違う印象を受けました。訳と演出方法によっても随分と変わるのでしょうか。今回の舞台は悲劇というより少し喜劇的、プローゾロフ家の三人の姉妹と長男アンドレ―、そしてプローゾロフ家に集まる人達の激しい個性のぶつかり合いと絶妙なアンサンブル、とても見応えのある舞台でした。
 舞台の幕開けは、旅団長だった父プローゾロフが亡くなって、ちょうど一年、三人姉妹の末娘イリーナ(荘田由紀)の誕生日です。イリーナはちょぴり大人になった二十歳の可愛いらしいお嬢さん、仕事に憧れ、モスクワでの生活に憧れ、モスクワで出会うかもしれない未来の青年に恋をしています。次女マーシャ(塩田朋子)は知的な中学教師(高瀬哲郎)と結婚したはずだったのですが、今では平凡な毎日にうんざり。そして、長女オリガ(石井麗子)、教師として忙しい過酷な毎日、でも最後まで希望を持ち続けながら懸命に生きています。大学教授を目指している長男アンドレー(櫻井章喜)は三姉妹の期待の星ですが、ちょっと問題がありそうな後の妻ナターシャ(千田美智子)に恋しています。
 トウーゼンバフ男爵中尉(沢田冬樹)とソリョーヌイ大尉(藤側宏大)は共にイリーナを愛していて、多分プローゾロフ家に下宿しているようですけど、よくわかりません。ドクトル(菅生隆之)は長い間家賃を払っていないとか・・・多分男三人はプローゾロフの下宿人なんでしょう。ちょっとさびしい内輪の誕生パーテーに、父親の元部下だった二人の少尉が加わって、そして、赴任したばかりのヴェルシーニン中佐(清水明彦)が現れます。かっては父の部下、当時のあだ名は「恋の少佐」、モスクワ時代の懐かしい話に三人の姉妹は眼を輝かせます。ロシアの作品はたくさんの人達が登場しますから、説明するのが大変です。そして、必ずと言っていい程、哲学的ロマンチックな会話が始まりますね〜。マーシャは少佐を愛し始めたようです。恋は悲劇と喜劇の申し子なのかもしれません。

「私たちが死んで二、三世紀経った頃、世界はどうなっているのか?」
少佐 「二、三百年後、いや千年後かもしれない・・・・人間の生活は変わる。幸せなものになる・・・私たちはそういう未来を作るために一生懸命働く・・・そう、生みの苦しみを味わう。それこそが、人生の目標であり、幸福なんだ。」
男爵 「生活は依然として今のままでしょう。生活は難しく、謎に満ち、しかも幸福でしょう。働くことが幸せです」
 中年の、少佐の家庭は、妻がしばしば薬をあおり今はとても不幸です。一方、除隊した男爵はイリーナを恋する青年。労働を愛し、すべての人を愛し、男前ではないけれど、善良な青年です。しかし、イリーナとの婚約が整った日に、彼の友達の将校ソリョーヌイに決闘で殺されるのです。ソリョーヌイは、他の登場人物達と異なり、人生を歎くこともなく、美化することもありません。非常にクールに見えますが、非常にナイーブな青年だと思えるのです。彼もまたイリーナを愛していました。ソリョーヌイは多分、今の私に一番近い感情の持ち主なのかもしれません。そして、歳老いたドクトル(菅生隆之)の口癖は「どうせ、おんなじことさ、かわりゃしないさ」この頃、ドクトルのように想うことが多いのは年取ったせいなんでしょうか、それとも今の時代がそう思わせるんでしょうかね〜。
 チェーホフが生きていた時代のロシアは当時の日本と同じように農民の生活は貧しく、「人民の中へ(ヴ・ナロード)」というナロードニキ運動が起こり、弾圧されていった暗い時代でした。同じ時代にちょっと先輩のノルウエイの劇作家イプセンがいます。「民衆の敵」や「人形の家」を書いた劇作家です。イプセンの作品では「野鴨」が好きです。そして、チェーホフの「かもめ」もなんとなく「野鴨」に似た作品ですね。「かもめ」も「野鴨」も舞台ではまだ観たことはありません。いつか上演の機会があったら、飛んで行って撃ち落とされて見たい芝居です。???・・・
最後の三人姉妹が寄り添って語りかける台詞は、やはり感動的でした。終演後、「感動をもう一度・・・」とリピート割引の申込みがされていました。出来るなら明日もう一度観て観たい、そんな気持ちにさせられた芝居でした。そして芝居を観る前に「サハリン島」を読んでみて下さい。チェーホフの気持が、戯曲には見えない背景が・・・思い起こせば、青春の頃、恋する青年の憧れだった「かもめ」ちゃんのニーナ、100年経ってもチェーホフは輝いているように思えるのですが・・・・
  1860年:チェーホフ生誕
  1861年:ロシア農奴解放令
  1868年:明治維新
  1874年:ナロードニキ運動
  1879年(19歳)モスクワ大学入学
  1890年(30歳)サハリン旅行
  1998年(38歳)かもめ初演:モスクワ芸術座
  1999年(39歳)ワーニャ叔父さん初演
  1901年(41歳)三人姉妹初演
        オリガ・クニッペルと結婚
  1902年(42歳)サハリン島完結
  1904年(44歳)桜の園初演:1月17日
        永眠: 7月2日
  1906年 イプセン永眠 78歳


文学座2013カレンダーより


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